読書記憶+

 
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
10


スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

闇の子供(梁石日)

現実の重さに、息も絶え絶えになる。
耳が痛いし、胸も痛み。

私は、日和見的だな、とあらためて痛感させてもらった。
けど。
少なくとも、私はたぶん、どんなにかわいい我が子のためでも、他者の命と引き替えに救おうとはしないだろう。と、思う。
我が子がここにいないから、わかんないけど。
でも、きっとそうだろうと思う。
普通の、脳死臓器でも、漠然と抵抗がある。
心情的には、何をしてでも。というその気持ちはわかるんだけど。
じゃあ、角膜移植は、骨髄移植は、代理母は...って、線をどこで引くか、それはとても難しいことだけど。
少なくとも、他者の命と引き替えの生を、正当化させる理由は、私には思いつかない。


それと、少年少女買春についても。
大人ならいいのか、って、どこから大人なんだって、いろいろこれもあるんだけど。
いずれにせよ性を売り、性を買うことが、自らの意思のみで成立しているならともかく、強要によるものを是とする理由も私には全く思い浮かばない。

それが生活の手段だとして、120%、純粋な労働として成立するならばまだしも、搾取によって成立するのは、買う側をおぞましく思う。

ましてや子供たちなんて、ありえない。

ただ、人によって得意なことは様々で。
石田衣良の「娼年」のごとく、それをいかすことが幸せだというならば、それを止める理由も思いつかないんだけど。
だって、恋や結婚だって、ある意味では売春だったり買春だったりする瞬間ってある気がするし。


人の権利というものについて考えさせられる。
音羽が自分は他人ではなく、当事者だと捕らえるのも、南部が所詮自分たちはよそ者だから、と言うのも、姿勢としては音羽にならねばならぬのだろうけれど、ああ、自分は南部だな、と。


私は、東南アジアとか、いずれにせよ、経済的に自立していない国に旅行するのが、結構しんどい。
安くいけるし、行けば楽しませてももらっているんだけど。
積極的に行きたいと思わないのは、そこで、私にとってはカツカツの、彼らにとっては、贅沢旅行をしているその現実をずっとどこかに感じているのがしんどいから。
私がチャラチャラと浪費するそのお金が、彼らのどれだけの生活をまかなう金額だろう、とか思うのが、イヤだから。
お金を置いてくるのも大事だって言うけど。
なんか、イヤなんだ。

今の私にできるのは、せいぜいコガネを少々、その活動資金として使って頂くくらいしかなくて、スミマセン。と。
申し訳なく思う。

そして、ありがたく、思う。
ただ、この国に生まれたというだけのラッキーにすぎん。

☆☆☆☆
関連記事
スポンサーサイト

テーマ : 読んだ本。    ジャンル : 本・雑誌


Comments

これは・・・
この本、もちろん私は読んではいないんだけど、
今映画で話題になっているので知ってます...

映画を観てみたいって思ったけど、だいたいの内容は分かってるし
観たからと言って、観る前に思っていることと何かが変わるとは
思わないし。

そう言いつつ、反面直視する自信がないのもあって・・・


観る前に思っていること・・・というのは
私も、人の命を買ってまで存在する命はあり得ないと思っている。
ただ私にも我が子はいないので、現実にこの問題に直面しても
キッパリ同じことが言えるのか自信はない。

自分にその経済力があり、目の前にいる我が子が死に逝くのを、
助ける手段があるのにそれを諦められるのか・・・
それが我が子の運命だと受け入れることができるのか・・・

でもやっぱりどう考えても、生きられる人間を殺してまで
助けていい命などあるはずはない・・・それは間違いないと思う。


やはり臓器でも性でも、買う人がいるから売る人がいるわけで。
商売にしてはいけないモノなのに・・・

ただ究極の貧困の末、売るモノとならざるを得ない、というのも現実で...
たぶんそれは、こうして考える私の想像をはるかに超えているのだろうから、
そう思うと、こんな私がこれ以上何も言ってはいけないような気にさえ
させられてしまう・・・

だから映画を観ても、たぶんどうしていいのか分からず、ただ悶々とした
気持ちだけが残ると思う。

ただ、こういう作品が話題になることで、それぞれ考えるきっかけになるのは
間違いなくて、同じような人が増えれば、何かが変わるのかもしれない。

変わって欲しい・・・
そうなんですよ。
目の前に子供がいて、経済力があったら、その誘惑は死ぬほど魅力的だと思うんです。
変な話、悪魔に魂を売っても、この子を救いたいって思うところまでは、みんな行くと思うんです。私も。もちろん。
けど、たとえば、人を殺したいと、あるいは死んでほしいと思うことと、実際に殺すことが違うのと同じように、そこを超えるかどうかって大きな一線なわけで。
だから逆にその一線を越えようとするのは、もはや狂気なのかもしれない。とも思います。

>これ以上何も言ってはいけないような気にさえさせられてしまう・・・

そう。私もそう思うんです。
そして、それが南部的なんだろうなぁ、と思ったり。
売る方を止めるほうがいいのか、買う方を止める方がいいのか。
止めた末に、死んでいく人をどうしたらいいのか。
けど、ただテレビがほしいから、冷蔵庫がほしいからというだけで、娘を売り飛ばす親を許していいのか、とか。

結局、腐敗した政治の末、一部の富裕層と多くの貧困層という図式こそ、なんとかしなければ、と思ったとして、じゃあそれは内政干渉には当たらないのか、とか。
だって、先進国だってそういう同じ道を通ってきたはずなんですよ。
そしていつか、それはするべきことではないって、自分たちで変えてきた部分もあるはずで。

...いずれにせよ、だから外国人の自分はここを去るべきだっていうのも、ある意味では逃げだけど、ある意味では正しいような。

いずれにせよ、知らないより、知っているほうがいい、ということなんだろうと思います。
うん・・・
知るべきことではあるよね。

一個人として、何が出来るかという問題より、
同じ人間で、同じ時代に生きている以上、知らなければいけない現実。

物欲のために子を売る、人を売る、それは人間のエゴ以外の
何物でもないんだから・・・
それを止めたことで死ぬ人がいたとしても、それはやはり運命、寿命。

初めからそんなことが成り立たなければ、そう諦められるはずなのに・・・

人間のエゴがそういう考えを生むんだなぁ.....
エゴや欲。
それがあるからこそ発展していくものもあるんだから、難しいですよね...

何事も過剰であってはいけない、っていうことかな、と。
信仰心や愛情とかもありすぎてもいけないものの気がする。
むろん、憎しみも、ひがみも。

Leave a Comment


Body

プロフィール

きよ

Author:きよ
100冊強/年程度の読書量。
せっかく,ずっとメモしていた読書記録を残そうかと。
過去15年くらい,どこまでさかのぼれるか,挑戦。あくまで手元のメモを元にしているので,過去になるほど,てきとー。
近頃、ドラマ三昧。
ドラマレビューの台詞は、超意訳の場合がほとんどです。
コメントも、ありがたいです。どうぞご遠慮なく。

カレンダー
プルダウン 降順 昇順 年別

09月 | 2017年10月 | 11月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -


ブログ内検索
カテゴリー
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

QRコード
QRコード
 
読書メーター
きよさんの読書メーターきよの最近読んだ本
 
 
FC2カウンター
 
 
 
 
月別アーカイブ
 
 
 
 
ブロとも申請フォーム
 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。